「新自由技術除外説について−キルビー特許最高裁判決に因んで−」パテントVol.55

空権容認説(新自由技術除外説)について
−キルビー特許最高裁判決に因んで−

空権容認説・新自由技術除外説・キルビー特許最高裁判決・均等・権利濫用・ミーンズ・プラス・ファンクショナル・クレーム、パラメータ特許
特許事務所 富士山会 代表者 弁理士・行政書士 佐藤富徳
目次
1. はじめに
2. 自由技術除外説・
2.1判例
2.2学説
3. 空権容認説(新自由技術除外説)
3.1内容
3.2一時的な空権とは?
4. 検討
4.1整合性
4.2自由技術除外説との関係
4.3権利濫用説との関係
4.4自由技術の抗弁との関係
4.5裁判所が行なう自由技術の判断(新規性、進歩性の判断)
4.6自由技術の均等技術(準自由技術)について
5. 結論
6. おわりに
7. 資料


1. はじめに
キルビー特許最高裁判決(平成12.4.11)は、特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、特許権の権利行使は権利の濫用に当たると判示した。
一方、付与後異議申立制度への移行1)、早期権利化制度の拡充2)、ミーンズ・プラス・ファンクショナル・クレーム発明、パラメータ特許発明、ビジネスモデル特許発明の出願の増加等に起因して、今後は無効理由を有する3)特許の数は増えこそせよ減らないと思われ、無効理由を有する侵害事件をどう取り扱うかは大きな問題となろう。
しかし、無効理由を有する侵害事件が、キルビー特許最高裁判決の権利濫用説で全て解決できるものでもなく、当該判決の恩恵に預かるもの(無効理由を有することが明白である特許)の全体に占める割合は少ないとも言えよう。無効理由としては、特許発明が自由技術に該当する場合が殆どであろう。自由技術とは、公知発明と同一又は、公知発明から当業者想到容易な発明であり、公有財産でもある。
そこで、本論説では、過去の判決で採用例が多い自由技術除外説の弱点を補強した新たな空権容認説(新自由技術除外説)を提案することとし、その妥当性について検証を加えることとする。

2.自由技術除外説
2.1判例
自由技術除外説(単に自由技術除外説とは、従来の自由技術除外説をいう。)とは、特許発明の技術範囲が自由技術を含まないように解釈する説である。特許発明は自由技術(公有財産)を超えた発明であるからこそ特許されるのであり、自由技術(公有財産)を除外して特許発明の技術範囲を限定解釈するというものである(特許法第70条第1項)。
三権分立の観点から、特許発明の技術的範囲を画定することは裁判所の専権事項であるが、行政庁である特許庁が成した行政処分は尊重されるべきとして、自由技術除外説を適用して特許発明の技術的範囲を限定解釈した判例が過去圧倒的に多い4)。自由技術の無効理由は、イ号発明が公知事実の場合とイ号発明が公知発明から当業者想到容易である場合の両方があるが、イ号発明が公知事実の場合が遥かに多い。
しかしながら、特許発明の技術的範囲を完全に空と解した判決は見当たらない。これは、特許発明の技術的範囲を裁判所が皆無と判断すれば、実質的に特許を無効と判断することに繋がることを回避したためである。
さらに、所謂全部公知の場合と一部公知の場合があり、全部公知の場合はさて置き、一部公知の場合は公知事実を除外して非侵害とした判決が多い。
一部公知の場合に、公知事実除外説を採用した液体燃焼装置事件最高裁判決(昭和39.8.4)は、今回のキルビー最高裁判決でも否定されておらず、今後一部公知の場合の判決が出る可能性は否定はできないが、上記判決を踏襲した判決は出難いであろう。何故ならば、裁判所がクレームを詳細な説明等から勝手に限定解釈することはクレーム基準の原則に違反し、かつ特許権者の意思を無視するもので不当であるという批判に対して反論困難だからである。
これに対して、権利濫用説を採用する判例は、キルビー最高裁判決の影響を受けて、下級審(地裁等)レベルの追随判決は今後ある程度増えよう。
一方、自由技術の抗弁については、それが認められた判決は地裁レベルではあるものの高裁レベルでは全くない5)。
2.2学説
学説でも、判例の場合と同じことが議論されている。
竹田和彦は、自らの著書6)の中で、「……著名な最高裁の「液体燃焼装置」事件(いわゆる石油バーナ事件)も、この系列のものと思われる。すなわち、このケースでも、「登録請求の範囲」に全然記載されていない「回転しない燃料排出出口及び回転しない案内皿」を必須要件と認定している(最高判昭39.8.4『判タ』166号p.120、『特管』15巻4号p.279)。この説の弱点は、無効審判を待たずしてこれと同じ結果となることを避けるため、新しい要件を見つけ出して、必須条件だといわなければならないことである。すなわち、新しい要件が何も見つからない場合、あるいは特許発明の範囲を実施例に限定したくとも実施例までも公知の場合、この説は壁に突き当たる。さらに、検討してみたら新規な要件が複数あった場合、いったいどちらの要件を必須要件として取り上げることになるのであろうか(原増司「権利範囲と公知事実」『特許判例百選』p148参照)」と書いている。
すなわち、裁判所は、権限分配の原則により、特許発明の技術的範囲を画定することができるが、特許庁がなした特許処分は特許庁が無効審決により消滅させるまでは有効として取り扱うが、自由技術除外説では、全部公知の場合、どのような構成要件を付加したらよいのか不明である。これが自由技術除外説の最大の弱点であろう。
また、「公知技術除外説を採用すれば、特許発明の技術範囲が、公知技術が発見される度に、狭くなるので、権利範囲は常に不安定な状態に置かれ画定しない」という批判もある。
このように、従来の公知事項除外説には、矛盾点が種々露見している。
しかるに、仙元隆一郎は「公知技術除外説を採れば、全部公知の場合には、技術的範囲が皆無ということになる。これに対しては、特許権を無効と解するのと差異がないとの批判があるが、無効審判は特許権自体を遡及的に消滅させ、対世的効力を有するものであって、この点、技術的範囲を皆無と判断しても、それは技術的範囲に属するか否かの前提に過ぎず、特許権消滅の対世効を有するものではない。また、それでは内容の空虚な権利の存在を肯定せざるをえないとの批判もあるが、全部公知の特許権の技術的範囲を皆無と判断して、現実に何か不都合が生ずるであろうか?」と大胆に主張している7)。

3.空権容認説(新自由技術除外説)
空権容認説(新自由技術除外説、本説ともいう。)は、従来の自由技術除外説の特許発明の技術的範囲には自由技術を存在させないという基本的考え方に立脚しつつ、特許発明が自由技術に該当する場合、特許発明の技術範囲を空として扱う説である。すなわち、空権容認説は、特許権が一時的な空権であることを容認することを特徴とする説である。
なお、特許発明が所謂全部公知と一部公知の場合があるが、一部公知の特許発明は全部公知の特許発明である。この一見奇異に見える事象の証明は、最後に添付した資料「一部公知が全部公知であることの証明 」を参照すれば真実であることが分かる。したがって、全部公知を論ずれば一部公知を含めて全てを論じたことになるので、本説では、全部公知を主として論ずることに留意して欲しい。
2. 1内容
自由技術除外説は、液体燃焼装置事件最高裁判決でも採用されている説であるが、クレームに記載のない事項(例えば実施例等)を探してきて、それを必須要件として限定解釈をするという点に批判が集中している。
本論説では、かかる批判に耐え、整合性のある説として、空権容認説を提案する。そして、本説の妥当性について、以下検証する。
図1に基づいて具体的に説明しよう。特許発明XをA*B、公知発明X0をA*B0、イ号発明YをA*B′としよう。イ号発明Yが公知発明X0から当業者想到容易であれば、イ号発明Yは自由技術である。イ号発明Yが自由技術であって、イ号発明Y=A*B′と特許発明X=A*Bが同一であれば、特許発明Xは自由技術となる。換言すれば、イ号発明Yが自由技術でありイ号発明Yと特許発明Xが同一であれば、特許発明Xも自由技術となる。これは、論理数学的に導き出せるので、素直に公式として認めたら良いと思う。
空権容認説を適用すれば、特許発明Xの技術範囲は空になり、特許権は一時的な空権ということになる。最終的には、イ号発明が自由技術でありさえすれば、特許発明Xとイ号発明Yが同一であろうがなかろうが、侵害を構成しないという常識に合致した結論が得られる。
また、特許発明Xが自由技術であることが直接立証された場合の話は簡単で、当然特許発明Xの技術的範囲は空となる。
なお、自由技術除外説では、特許無効を実質的に判断することを避けるために、特許発明の技術的範囲を実施例(自由技術でない実施例)に限定するという判例も数多くあるが、実施例が全て自由技術に該当する場合には、限定のしようがなく不合理であるとの批判を受ける。かかる批判を回避するためには、特許発明の技術的範囲は空であるという判断を裁判所が行なっても別に構わないと私は思う。
何故ならば、空権であっても、特許の対世効はそのまま維持され、特許権者の訂正により有効な特許権とすることができるからである。侵害事件当事者間においては、特許発明の技術的範囲は空と解釈されるのである。

図1 特許発明とイ号発明と公知発明












ここに、特許発明の技術的範囲がオイラー図における「特許発明マイナス自由技術」が常に空集合でないとすることは間違いであろう8)。イ号発明Yが自由技術であり、イ号発明Yと特許発明Xが同一である場合、特許発明Xが自由技術となるので、特許発明Xの技術的範囲は原則として空となるからである。
次に、均等論が適用される場合には、話は複雑になるが、図1により説明しよう。イ号発明Y=A*B′が自由技術であり、構成要件Bと構成要件B′が公知技術であり、イ号発明Y=A*B′と特許発明X=A*Bが均等である場合、特許発明Xは自由技術となろう。これについては、棚町祥吉が、パテント誌の中で、ボールスプライン事件最高裁判決に関して、「……二審がそれを認めて勝訴の理由とした公知性等の存在につき、最高裁は、その存在を理由に、特許権者を逆転敗訴させた。公知性が両刀の刃であったのである。分かりやすくすると図のとおりである。……」と鋭く指摘している9)。
ここで、筆者が主張したいことは、侵害が問題となる大部分の場合、空権容認説では、「イ号発明Y=A*B′が自由技術であり、イ号発明Y=A*B′と特許発明X=A*Bが同一又は均等である場合、特許発明Xは自由技術となり、特許発明の技術的範囲は空となる」ということになる(図1を参照)。
さらに、均等論で問題となるのは、構成要件B′が出願後に開発された物品等の場合である。図1の場合において、均等論適用は侵害時で判断されるので、出願時には均等論が適用されなかったが、侵害時には均等論が適用される。構成要件Bを構成要件B′間の一部置換には均等論が適用されるとすれば、イ号発明Yは自由技術ではないが、特許発明Xは自由技術であることはあり得るのであろうか?残念ながら、これに対する答えが筆者にはハッキリとは分からない。
3.2一時的な空権とは?
自由技術除外説に対する批判の一つは、全部公知の場合には、特許を裁判所が無効にすることに通じ、三権分立の原則に反するというものである。これに対して、空権容認説では、特許発明の技術的範囲を遠慮会釈なく空と判断すれば良いのである。特許発明の技術的範囲は空であるが、特許庁の行政処分である特許は有効と認め、特許権者の意思で訂正審判を請求して減縮訂正することにより、特許発明の技術的範囲を空から復活させ得るからである。
以下、具体的に説明しよう。特許発明Xが自由技術である場合、特許発明Xの技術的範囲は空となり、特許権は一時的な空権となる。しかしながら、特許権者は、訂正審判を請求して、構成要件Cを付加して特許発明X=A*Bを新たな特許発明X′=A*B*Cと減縮訂正し得る。新たな特許発明X′=A*B*Cは、公知発明X0から当業者想到容易ではなくなる。新たな特許発明X′=A*B*Cは特許発明Xが自由技術の場合、特許発明X=A*Bの技術的範囲を空であるが、特許権者の減縮訂正により空から復活し得る(図2を参照)。

図2 訂正審判請求と特許発明の技術的範囲











しかし、特許発明の技術的範囲が復活し得ない場合も生じよう。特許権者も、自らの必死の努力にも拘わらず特許発明の技術的範囲が復活し得ないのであれば、納得がいくのではないだろうか?特許権者は、権利行使の際には、特許発明が空でないことを確認する義務を負い、必要な場合訂正審判により権利行使に耐える権利内容とする義務を負うのである。
4.検討
4.1整合性
空権容認説を採用することにすれば、イ号発明Yが自由技術であって、イ号発明Yと特許発明Xが同一の場合には、特許発明が自由技術となり、特許発明Xの技術的範囲が一時的に空となる。また、特許発明Xが自由技術であることが直接立証された場合も、当然特許発明Xの技術的範囲は空となる。しかし、当事者間においては、特許発明の技術的範囲は一時的に空であっても、特許を対世的に無効とするものではない。空権容認説では、特許発明Xの技術的範囲は、一時的な空に過ぎず、特許権者は、自らの意思によって訂正審判を請求して、特許発明Xに構成要件Cを付加して減縮訂正することにより、特許発明の技術的範囲を空から復活させ得る。
裁判所が、特許発明が自由技術であるか否かを判断して、特許発明の技術的範囲を空と認定することは、三権分立にも違反せず、特許庁のなした行政処分たる特許はそのまま維持され、特許権者は自らの意思で訂正審判請求により特許発明の技術的範囲を空から復活させ得るものである。裁判所がクレームを詳細な説明等から勝手に限定解釈することは、特許権者の意思を無視するもので不当であるとする批判をも躱すことができよう。
さらに、特許権者も、自らの権利を権利行使に耐える権利にメインテナンスを行なうべき責務を有することを鮮明化するものであろう。
なお、所謂中止説は、無効審判請求により、対世的に解決を図るものであるが、空権容認説は、当事者間における解決を個別的に図るものである。利害関係人が無効審判を請求することは勿論可能であり、特許権者は訂正審判を請求することにより減縮訂正して対世効を有する特許の維持を図ることも可能である。
4.2自由技術除外説との関係
自由技術除外説では、特許権者の意思に無関係に、クレームに記載のない事項をクレームの必須要件と認定することは不合理であるとの強い批判があった。特に、特許権の空権化を回避するために特許発明の技術的範囲を実施例に限定とすることには批判が強かった。しかし、空権容認説では、クレーム基準の原則(特許法第70条第1項)に則って、全部公知の特許発明の技術的範囲は空とするものである。特許発明の技術的範囲の画定は裁判所の専権事項であるから、特許発明が自由技術である場合、特許発明の技術的範囲を空としても何ら問題ないと考えられる。
自由技術除外説では、全部公知の特許発明の技術的範囲を、裁判所が空とすることができず、大きな問題があると批判されていた。そして、特許発明の技術的範囲を空とすることは、行政処分たる特許を実質的に無効にすることになるとの空権容認説に対して批判が当然予想される。しかし、これに対しては、行政処分たる特許は有効に存在し、裁判所は、単に技術的範囲を空と画定するだけなので、三権分立には違反しない。空権容認説では、当事者間においては、一時的に特許発明の技術的範囲は空であっても、特許を対世的に無効とするものではない。特許発明Xの技術的範囲は、一時的な空に過ぎず、特許権者は、自らの意思によって訂正審判を請求して、特許発明の技術的範囲を空から復活させ得る。
なお、設楽 隆は、「クレームが全部公知の特許権は、訂正審判により全部公知ではないクレームに訂正しないかぎり、対象物件がその技術的範囲に含まれることを確定し得ないから、そのような特許権による請求は棄却せざるをえない。」10)と自由技術除外説を批判している。しかし、本説では、かかる批判も解消しよう。
このように、空権容認説では、自由技術除外説が有する矛盾点は一気に解決される。
4.3権利濫用説との関係
キルビー特許最高裁判決では、権利濫用の適用要件を比較的緩やかに認めて、裁判所が無効審決によらなくても、当事者間では特許を実質的に無効と解釈する道を開いた。林田力は、かかる最高裁判決を批判して、主観的要件も必要であるとして、権利濫用説の濫用を牽制している11)。また、遠藤 浩は、「この権利濫用論に対しては、この法理はそもそも、権利自体に瑕疵がないがその行使方法に問題がある場合に適用されるものであって、権利自体に瑕疵ある場合に適用されるべきでない。」12)と主張している。
公知発明が全部公知の場合には、特許発明の技術的範囲を空とできない自由技術除外説は有効に機能しない。しかし、空権容認説では、特許発明の技術的範囲を空とすることにより解決が図られ、自由技術の無効理由において権利濫用説の出番はなくなろう。
4.4自由技術の抗弁との関係
自由技術の抗弁では、イ号発明が自由技術である場合、特許発明の技術的範囲を判断しないまま非侵害とするものである。自由技術の抗弁は、特許発明の技術範囲について何ら判断をしなくてもよく、非侵害を導くには非常に分かりが良い理論である。これが適用されることになれば、今までに侵害訴訟で問題となった殆どの事案が一気に解決することになって、その影響は大きいのであるが……。自由技術の抗弁の弱点は、自由技術除外説と比較して、法的根拠が不明確であるということである。
そうした中で、清水尚人は、「特許法69条で特許権の効力が及ばないとするのが良いと思われる。即ち、特許発明の技術的範囲には属するけれども、特許権の効力は及ばないとするものである。」13)として、自由技術の抗弁の立法化を唱えている。
しかしながら、空権容認説が採用されれば、実務的には自由技術の抗弁の領域をカバーできるので、自由技術の抗弁は存在意義を失うのではないだろうか?空権容認説は、特許発明が自由技術に該当すれば、特許発明の技術的範囲は空と判断するものであり、法律根拠もハッキリしており、かつ法解釈も単純化されよう14)。
なお、現行特許法の判定制度は、特許発明の技術的範囲を判断するもので、自由技術の抗弁を主張して判定は請求することはできないと解される。空権容認説では、特許発明が自由技術に該当すれば、特許庁は特許発明の技術的範囲は空と判定することは可能であろう。
4.5裁判所が行なう自由技術の判断(新規性、進歩性の判断)15)
空権容認説が、侵害事件で十分機能していくためには、裁判所もイ号発明が自由技術であるかを積極的に判断する必要があろう。特に進歩性について積極的に判断する必要があろう。
ボールスプライン最高裁判決で、裁判所は、特許発明の技術的範囲画定のために必要のある場合には、特許発明が自由技術であるか否かを判断する決意を宣言した。キルビー最高裁判決後、地裁レベルの追従判決がかなり出ている16)。特許発明が自由技術か否かの判断(新規性、進歩性の判断)は、専門家の鑑定を利用する等すれば、技術専門家でない裁判官であったとしても、できないことはないであろう。してみれば、侵害訴訟では、裁判所は、特許発明が自由技術であるか否かを判断し得るし、積極的に判断すべきであろう。
4.6自由技術の均等技術(準自由技術)について
自由技術発明の均等技術は準自由技術として取り扱うことは、妥当な考え方ではないだろうか?自由技術の均等技術は、準公有財産と解釈しても良いと思われる。例えば、自由技術実施者も、その後の開発技術を均等物で置き換えた場合、準自由技術の実施を公有財産の実施と認める方が産業活動阻害防止のためにもベターであろう17)。自由技術の均等技術(準自由技術)を認めるか否かは、例えば、先使用権等の法定通常実施権の効力範囲に均等論を認めるかどうかの議論に通じよう18)。準自由技術なる概念を導入することによって、均等論の侵害問題も空権容認説によって殆どが解決されるであろう。
イ号発明が準自由技術(自由技術の均等技術)であり、特許発明Xと自由技術Yとが同一である場合、自由技術除外説を適用することは、均等論問題を単純化することに繋がり14)、侵害訴訟問題解決に有効ではなかろうか?イ号発明が準自由技術に該当すれば、特許発明の技術的範囲には、少なくとも準自由技術を含まないことになり非侵害となる。

5.結論
(1)二十一世紀の侵害訴訟において、空権容認説の有用性が広く認識されれば、特許発明が自由技術である瑕疵有る特許の殆どの侵害問題の解決が図れることになろう。
本理論が通説となり、裁判所で本理論に基づく判決が増えていくかどうかは、裁判所が自由技術の判断を迅速に行なうことができるかどうかにも掛かっている。専門家の鑑定等を活用すれば、裁判所は自由技術の判断を問題なく行なうことができよう。鑑定等を求められた専門家も迅速に対応すべきであろう。
なお、判定制度については、現行法のままでも、空権容認説を採用して、特許発明が自由技術に該当するので特許発明の技術的範囲は空であるから非侵害であるとの判定を求め得ることは保証されよう。
(2)所謂中止説で全て解決できれば、オールマイティであり法体系的には問題ないのであるが、実際問題としては制度が十分機能していないことこそが問題である。プロパテント時代においては、制度の欠陥として諦めるのではなく、審判制度を侵害訴訟にリンクして、特許庁、裁判所とも、早期審理を図るよう努めるべきであろう。侵害訴訟は、審判、訴訟手続も電子化手続制度を導入して、無効審判とリンクして半年〜1年以内に可及的速やかに終結させるようにしないと、活用されない中止説は、無用の長物化することになろう。無効理由ある特許は、無効審判請求適格は何人にも広く認めて遡及的消滅を図るべきである。濫訴防止の利益よりも遡及消滅によって得られる公益の方が優ると考えられるからである。19)
(3)空権容認説以外では、権利濫用説によって問題が解決される場合もあり得るであろうが、過大な期待はできないのではなかろうか?例えば、特許発明が自由技術以外の無効理由の場合には、例えば、冒認出願である場合等には、権利濫用説が適用されよう。
6.おわりに
今後は、無効理由ある特許の増加が危惧され、かかる特許の侵害問題をどのように解決していくべきかは大きな問題となろう。“イ号発明が自由技術であり、イ号発明Yと特許発明Xが同一の場合、特許発明Xも自由技術ではないか?”という考えが浮かび、それを論理数学的に検討した。そして、数多くの判例に採用されている自由技術除外説の弱点をどう補うかに思いを寄せ、かかる弱点を是正する空権容認説を提案し、その妥当性を検証することができた。後は読者諸氏のご批判、ご意見を戴ければ幸甚と存じます。最後に、色々とお世話になりました関係各位に深く感謝の念を表します。
以上



注記
(1) 特許付与前の異議申立制度が廃止され、特許審査の補完機能が失われたので、審査レベルの低下が危惧される。
(2) 早期権利化に関しては、2000年までに第一次審査期間を12月(FA12)とすべく審査処理を迅速化等が図られ、審査請求期間の短縮により一時的に審査処理すべき出願が増大する可能性が有るので、審査レベルの低下が危惧される。
(3) 無効理由を有するとは、本論説では、無効理由を有することが明白である他、無効理由を有する可能性があるという意味にも用いる。
(4) 例えば、増井和夫・田村善之著「特許判例ガイド」初版第1刷 (株)有斐閣発行,p153〜160 を参照
(5) 金属網籠事件大阪地裁判決(昭和45.4.17)では、「公知・公用の技術は万人の共有財産であるから……」として、自由技術の抗弁を認めた。しかし、控訴審での金属網籠事件大阪高裁判決(昭和51.2.10)では、この抗弁を否定するとともに、技術的範囲を最も狭く限定して解釈するのが相当とし、控訴を棄却した。
(6) 竹田和彦著「特許の知識[第6版]ダイヤモンド社発行」
(7) 仙元隆一郎著「特許法講義」初版第1刷 悠々社発行 p119
(8) クレームが多数の請求項からなる場合、マーカッシュ形式クレームの場合、化学一般式のクレームの場合、クレームは外延的記載がなされていると考えられ、オイラー図で表現される。しかし、各請求項毎に特許は付与されるので、請求項記載発明が、公知発明に該当すれば空、該当しなければ空でなくなる。
オイラー図については、糟谷洋治著「同一・容易論の集合論的考察」パテント2001Vol.54 No.5 p.26を参照。
(9) 棚町祥吉「公知・公用性等の立証に関する諸問題−最高裁ボールスプライン判決が投げかけた波紋−」パテント1999 Vol.52 No.5 p.6〜7
(10) 設楽 隆「特許発明が全部公知発明である場合の技術的範囲の解釈」『裁判実務体系』 (9)p.135
(11) 林田 力「特許無効と権利濫用」パテント2001Vol.54 No.5 p.5を参照。
(12) 遠藤 浩「権利濫用の抗弁」『特許判例百選』第2版p.184
(13) 清水尚人「自由技術の抗弁と立法論」知財管理 Vol.49 No.11 1999, p.1550
(14) “SIMPLE IS BEST”。法律規定についても、分かり易くて簡単な規定でかつ法目的を達成していくことが一番望ましい。
(15) 精穀機事件大阪高裁判決(昭和60.5.28)では、裁判所は進歩性の判断をすることに対して消極的であったが、アイロン掛け台事件大阪地裁判決(平成7.10.31)では、裁判所は曲がりなりにも進歩性の判断にまで突っ込んだ。
(16) 林田 力「特許無効と権利濫用」パテント2001Vol.54 No.8 p.5を参照。
(17) 特許権者の私益保護のために特許発明のみに均等論適用を認めるのみならず、公益保護の観点から自由技術(公有財産)にも均等論適用を認めるべきではなかろうか?
(18) 特許発明が存続期間満了した場合、意匠権との関係でいわゆる後用権が発生するが、後用権の効力範囲画定のために均等論が適用されるか否かという問題が生じ得るが、特許権が存続していた場合は、均等論が適用されていたのであり、実施権としてはそのまま特許権の効力を引き継ぐことになるのであり、後用権の効力範囲画定には均等論が適用されてしかるべきであろう。
(19) 瑕疵ある特許を放置すれば、自由な産業活動が阻害される一方、消費者は実施料相当分だけ高い買い物をしなければならず、公益保護の観点からも瑕疵ある特許は、早急に無効にすべきである。公益保護の観点から、無効審判請求人適確を、何人にも広く認めるべきではないだろうか?

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7.資料 「一部公知は全部公知であることの証明」

1.侵害要件としての発明の同一性について
一部公知は全部公知であることの証明をするための準備として、侵害要件としての発明の同一性について、論理学、数学集合論に基づいて説明することにする。
発明Xの技術的範囲とは、特許権の効力範囲(直接侵害) をいい、発明Xの外延であると考えられよう。特許発明XがA*Bであり、イ号発明YがA*B*Cである場合、イ号発明は特許発明Xの外延に含まれ、イ号発明Yは特許発明Xの技術的範囲に属することになる。
しかしながら、イ号発明YをA*Bと認定することにすれば、技術的範囲に属するという判断は、発明の同一性判断の問題として把握できる。上記のように、特許要件の同一性と侵害要件の同一性は統一的に把握することが可能であることが、論理学、数学集合論を通じて明確になる。
  したがって、イ号発明は,本件発明に最も近い発明を認定すべきである。
2.一部公知は全部公知であることの証明
特許発明をX=A*B、イ号発明をY=A*B*C、イ号発明が公知事実(自由技術)である場合、従来は、イ号発明を含まないように除去して限定解釈することにすれば、特イ号発明は許発明Xの技術的範囲に属しないということになる。これが一部公知の考え方である。
しかし、イ号発明をY=A*B*Cが公知事実(自由技術)であれば、イ号発明をその上位概念であるA*Bと認定すれば、A*Bは公知事実(自由技術)である。してみれば、特許発明Xは公知事実(自由技術)となり、全部公知(全部自由技術)となる。
したがって、一部公知は全部公知であることが証明された。
なお、上記は特許発明、イ号発明が構成要件の積で表現されるが、マーカッシュ形式クレーム、化学一般式のクレーム等のように構成要件の和で表現される場合は、一部公知は全部公知とはならない点には留意を要する。

A Theory of Accepting Patent Right as Empty (A Improved theory of Excluding Free Arts from Claim Interpretation)
- in association with Kirby Patent Supreme Court Decision-
パテント誌原稿 1


弁理士・行政書士 佐藤富徳




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